店主はあの人形は、あの子のためにとっておくと、売ってくれなかった。
仕事があるので
、ホテルへ戻りチェックアウトをし、ドイツの代理店へ。
すると、そこでドイツでの世話役、秘書の女の子が、
「ミスター・ミナミ今夜あと一泊したら明日はスイスのベンダーへ行かれて明後日にまた戻ってこられるんですよね」「うん。そうだよ、またあのホテルでいいんだね」
「申し訳ありません、明日からはショーがスタートするということで先にホテルは予約でいっぱいになっていました、ですからスイスから戻られた日は、ここにお泊りください」 とメモを渡された。
このハノーバーという街は、ショーの開催時期はホテルがいつも満杯で、あふれた宿泊客はショーの主催者が契約をしている民宿(一般の中流家庭でショーの期間中だけ空いている部屋を宿所として提供する)がある。そんな家の住所のメモを渡された、以前もこんな民宿での滞在経験のある俺は、そのまま「ありがとう」と言ってメモを受け取った。
出張先での仕事は予定通りこなし、スイスから、またその街(ハノーバー)に戻ってきた。
駅でタクシーを拾い、そのメモの住所へ行くように運転手に告げた。
すると、駅から宿へ向かう途中に、あの見覚えのあるギャラリー(人形のいた)を通りすぎ、また3ブロックほど進んだところにその民宿があった。
玄関のドアをノックすると、40そこそこだろうか奥さんらしき人が出てきた。
部屋に案内され、その部屋のドアを開けると、そこには机とベット、それに大きなクローゼットがあった。
ベットは女性が使っているのかピンク色のシーツカバー。 机にはいくつかの小さな人形や置物が置いてあった。
「荷物はここに入れてね、ここは娘が使っていた部屋で、そのままにしておいたものだから・・・・」その婦人はクローゼットにある女性ものの洋服を一気に横に押し込めて、僕の荷物を置くスペースを確保してくれた。
その中を覗き、僕は驚いた
あの店にあった人形と同じくらいの大きさのマリオネットが僕を見つめている・・・・・。
あの日のあの店での会話がよみがえる・・・・。
「マダム、お嬢さんはいま何処に?」 と大きな声で尋ねた。
婦人は、うつむき加減に
「あの子はもう・・・・・・・・」 「ちょうど一年ほど前に、事故で亡くしました」 と小声で答えてくれました。
あの人形はここに来たかったんだ、その瞬間・・・・そう思った。
2日前にあったあの店でのエピソードをマダムに話し、この人形のことを尋ねた。
この人形は、事故の前の一週間ほど前に、その子が買ってきたものだという・・・・なんという因縁
マダムも私の話に驚き、人形も持って 一緒にあの店を尋ねることになった。
店主は店を閉める用意をしていた。
「どうしたんだい、あの人形は売れないよ」 「みつかったんだ、あの子が!!」 マダムも去年の事情を話し
、「この人形も売ってほしい」と。
店主は
「ずっと待ってたんだ・・・・・」と小さな声で、 覗きこむと涙をいっぱいにためて・・・・・。 マダムも・・・・・僕も・・・・・涙が。
「この人形はもう、あの時からあの子のもの」 と店主はショーウィンドーの中から人形をとりだしマダムに手渡した。
翌日の朝、公園墓地へ、店主と私とあの宿の夫婦二人 花束と対の人形を持って報告にいきました。